グリーンインフラにおける生物多様性モニタリング:非破壊・自動化技術の最前線
グリーンインフラにおける生物多様性モニタリングの重要性と新たな技術動向
グリーンインフラの整備は、単に緑地を増やすだけでなく、多様な生物が生息できる空間を創出し、生態系サービスの向上に貢献することが期待されています。この期待に応え、グリーンインフラの効果を科学的に検証し、適切な維持管理やさらなる改善計画に繋げるためには、導入後の生物多様性モニタリングが不可欠です。モニタリングを通じて、どのような生物種が現れ、どのように生態系が変化しているかを把握することは、グリーンインフラの真価を評価し、その持続可能性を高める上で重要なステップとなります。
しかしながら、従来の生物多様性モニタリング手法は、専門知識を持つ人材によるフィールド調査に依存する部分が多く、時間、コスト、労力がかかる上に、調査対象や範囲が限定されがちです。また、生物への撹乱を最小限に抑えることも考慮する必要があります。このような背景から、近年、非破壊的かつ自動化されたモニタリング技術への関心が高まっています。これらの技術は、省力化・効率化に加え、従来の調査では難しかった継続的なモニタリングや広域でのデータ収集を可能にし、グリーンインフラのパフォーマンス評価に新たな可能性をもたらしています。
本記事では、グリーンインフラにおける生物多様性モニタリングの最前線として、特に注目されている非破壊・自動化技術の原理、具体的な種類、活用事例、そして導入における課題と将来展望について解説します。
生物多様性モニタリングにおける主要な非破壊・自動化技術
グリーンインフラにおける生物多様性モニタリングに活用可能な非破壊・自動化技術は多岐にわたりますが、代表的なものとして以下の技術が挙げられます。
音響モニタリング
音響モニタリングは、設置した録音デバイスによって特定の場所の音環境を継続的に記録し、そこに生息する生物が発する音(鳴き声、羽音など)を分析することで、生物の存在や活動状況を把握する技術です。
- 原理: 高性能マイクとデータロガーを組み合わせたデバイスを設置し、定期的にまたは連続的に音データを収集します。収集された音データは、人間の耳による聴き分けに加え、スペクトログラム解析や、鳥類の鳴き声などを自動識別するAI(人工知能)を用いた解析ソフトウェアによって分析されます。
- 対象: 主に鳥類、両生類、コウモリ、一部の昆虫類など、鳴き声や超音波を発する動物のモニタリングに適しています。
- 技術詳細: 市販されている小型・省電力の録音デバイス(例:Audiomoth)を活用することで、長期間の設置が可能です。解析には、専門的なソフトウェア(例:Raven Pro)やクラウドベースの解析プラットフォーム(例:Arbimon)が利用されます。近年は、深層学習を用いた自動識別モデルの開発が進んでおり、大量の音データから特定の生物の鳴き声を高精度で抽出することが可能になっています。
- メリット: 設置後は自動でデータ収集が可能であり、広範囲にデバイスを分散配置することで、一度に多くの場所をモニタリングできます。夜間や悪天候時のモニタリングも容易です。非破壊であり、生物への物理的な影響を最小限に抑えられます。
- デメリット: 鳴き声を発しない生物のモニタリングには限界があります。環境騒音(交通音、風音など)の影響を受ける場合があります。データ量が膨大になるため、効率的な管理と解析技術が必要です。
画像モニタリング
画像モニタリングは、カメラを用いて生物の姿や植物の状態を記録し、分析する技術です。地上設置型カメラ、ドローン、衛星画像など、様々なプラットフォームが活用されます。
- 原理: 設定した間隔で自動撮影するカメラトラップや、特定の場所を継続的に撮影する定点カメラ、あるいは上空からの撮影を行うドローンや衛星画像により、生物の出現や行動、植生の変化などを記録します。記録された画像や動画は、手動による確認や、AIを用いた画像認識技術により自動で分析されます。
- 対象: カメラトラップは主に比較的サイズの大きな動物(哺乳類、鳥類など)のモニタリングに用いられます。定点カメラやドローン、衛星画像は、植生の被度や種類、特定の植物の開花・結実などのフェノロジー変化、あるいは広域の生息環境の変化把握に適しています。
- 技術詳細: 夜間撮影が可能な赤外線センサー付きカメラトラップが広く用いられています。ドローンによる空撮画像は、高解像度で植生の詳細なマッピングや個体数カウント(大型植物など)に活用できます。衛星画像データ(例:Sentinel-2, PlanetScope)は、広域の植生タイプ区分や季節変化のモニタリングに有効です。画像解析には、CNN(畳み込みニューラルネットワーク)などの深層学習モデルを用いた物体検出やセグメンテーション技術が応用されています。
- メリット: 生物の直接的な証拠(画像)が得られます。植生の構造的変化や季節変化など、視覚的な情報を捉えることができます。広範囲のモニタリングやアクセス困難な場所の調査に有効な場合があります(ドローン、衛星画像)。
- デメリット: カメラの設置場所や向きによって撮影できる範囲が限られます。小型生物や隠れた場所に生息する生物の検出は困難です。プライバシーや肖像権の問題に配慮が必要です。画像解析には大量のデータと計算資源が必要になる場合があります。
eDNA (環境DNA) 分析
eDNA分析は、水や土壌、大気などの環境試料中に存在する生物由来のDNAを採取・分析することで、その環境に生息する生物種を検出する技術です。非破壊性の最も高いモニタリング手法の一つと言えます。
- 原理: 生物が皮膚、粘液、排泄物などを環境中に放出したDNA(環境DNA)を、水や土壌などのサンプルから抽出します。抽出したDNAに対して、特定の生物種に特異的なプライマーを用いたqPCR(定量的PCR)を行うことでその種の有無や量を調べたり、様々な生物種に共通する遺伝子領域を増幅し、次世代シーケンサーで網羅的に解析するメタバーコーディングを行うことで、サンプル中に含まれる様々な生物種のリストを作成したりします。
- 対象: 水系に生息する魚類、両生類、水生昆虫、水辺植物、土壌に生息する微生物、無脊椎動物、植物など、広範な生物群のモニタリングが可能です。
- 技術詳細: サンプリングは比較的容易で、専門的な生物知識がなくても実施できます。水サンプルはフィルターでろ過したり、採水したりして採取します。土壌サンプルは一定量を採取します。その後のDNA抽出、PCR、シーケンシングといった分子生物学的な実験操作は専門的な施設で行われます。得られた遺伝子配列情報は、 publicly available なDNAデータベース(例:BOLD Systems, GenBank)と比較することで生物種を特定します。
- メリット: 生物を捕獲・観察する必要がなく、非破壊性が高いです。検出が困難な希少種や、幼生・卵などの生活史ステージの生物も検出できる可能性があります。一度のサンプリングで多様な生物群を同時に調査できる場合があります。
- デメリット: DNAが分解されやすいため、サンプリングから分析までの適切な処理が重要です。特定の種の存在は示しますが、個体数や年齢構造などの情報は通常得られません。DNAデータベースに登録されていない生物種は検出できません。偽陽性(環境中のDNAが過去のものであるなど)や偽陰性(DNA濃度が低い、検出限界以下など)のリスクがあります。
技術の活用事例と実践的な考慮点
これらの非破壊・自動化技術は、グリーンインフラの様々な場面で活用され始めています。
- 都市公園や緑地の生物多様性評価: 定点カメラや音響センサーを設置し、長期間にわたり訪れる鳥類や昆虫、小型哺乳類などの活動をモニタリングします。eDNA分析を用いて、水路や池の魚類・両生類相を調査する事例もあります。これにより、緑地が提供する生息空間としての機能を評価し、より効果的な植栽計画や水辺空間整備に繋げることができます。
- 屋上緑化・壁面緑化における昆虫や鳥類の誘致効果検証: 屋上や壁面に音響センサーや小型カメラを設置し、どのような昆虫や鳥類が利用しているかを継続的に記録します。特定の植物種が誘致する生物種のモニタリングにも有効です。
- 雨水管理施設(バイオスウェル、浸透施設など)の生態系機能評価: 施設内の水域や植栽部分でeDNA分析を行い、水質浄化に関わる微生物群集や、水生昆虫・両生類の生息状況をモニタリングします。
- 道路や鉄道沿線のグリーンインフラにおける動物の利用状況調査: カメラトラップや音響センサーを設置し、野生動物がグリーンインフラ空間をどのように利用しているか、生物回廊として機能しているかなどを評価します。
これらの技術をグリーンインフラプロジェクトに導入する際には、いくつかの実践的な考慮点があります。
- 目的と対象種の明確化: どのような生物群をモニタリングしたいのか、どのような情報を得たいのかによって、最適な技術は異なります。コスト、労力、得られる情報の種類を比較検討し、目的に合致した技術を選択する必要があります。
- 設置場所と期間の計画: デバイスの設置場所は、対象生物の生態やグリーンインフラの構造を考慮して戦略的に決定する必要があります。また、季節変動や生物の活動サイクルに合わせて、適切なモニタリング期間を設定することが重要です。
- データ管理と解析体制: 非破壊・自動化技術は大量のデータを生成します。これらのデータを効率的に収集、保管、管理し、専門知識を持って解析するための体制構築が必要です。クラウドストレージの活用や、外部の分析機関との連携も検討されます。
- 技術的な課題への対応: デバイスの盗難・破損リスク、電源供給、通信環境、悪天候時の影響など、フィールドでの技術的な課題に対処する必要があります。また、eDNA分析においては、適切なサンプリングプロトコルの遵守や、コンタミネーション防止策が不可欠です。
- 従来の調査手法との組み合わせ: 非破壊・自動化技術は万能ではありません。従来の目視観察や捕獲調査、植生調査などと組み合わせることで、より包括的かつ信頼性の高い生物多様性評価が可能になります。
政策・研究動向と今後の展望
非破壊・自動化モニタリング技術は、研究開発が進むとともに、徐々に政策決定や都市計画の実践においても活用され始めています。
政府や自治体レベルでは、これらの技術を用いたモニタリングデータの標準化や、データ共有プラットフォームの構築に向けた検討が進められています。これにより、異なる地域やプロジェクトで得られたデータを比較・統合し、より広範なスケールでの生物多様性保全戦略やグリーンインフラの効果評価に役立てることが期待されます。
研究分野では、AIによる生物種自動識別の精度向上、複数のセンサーデータを統合した解析手法の開発、eDNA分析による生物量推定の試みなど、技術の高度化に向けた研究が活発に行われています。特に、AI技術の進化は、これまで専門家による膨大な時間を要したデータ解析を劇的に効率化する可能性を秘めています。
今後は、これらの技術がグリーンインフラの計画、設計、維持管理の各段階でさらに広く活用されると考えられます。リアルタイムに近いモニタリングが可能になれば、異常事態(例:外来種の侵入、環境の変化による特定種の急減)の早期発見や、植栽管理のタイミング決定など、より迅速かつ効果的な適応的管理が可能となるでしょう。また、市民科学との連携により、一般市民が非破壊・自動化デバイスを用いたデータ収集に参加するなど、モニタリングの裾野が広がる可能性も秘めています。
結論
グリーンインフラが都市の生物多様性向上に貢献するためには、その効果を適切にモニタリングし、評価することが不可欠です。非破壊・自動化モニタリング技術は、従来の調査手法の課題を克服し、より効率的かつ継続的なデータ収集を可能にする強力なツールとして、その重要性を増しています。音響モニタリング、画像モニタリング、eDNA分析といった技術は、それぞれ異なる特性を持ち、モニタリング対象や目的に応じて適切に選択・組み合わせて活用することで、グリーンインフラが創出する生物多様性の実態をより深く理解することができます。
これらの技術の導入には、初期コストやデータ処理、専門知識といった課題も伴いますが、技術開発の進展やコストの低減、解析ツールの普及により、今後ますますアクセスしやすくなることが期待されます。都市開発に携わるコンサルティングエンジニア、建築家、技術者、研究者、政策担当者の皆様にとって、非破壊・自動化モニタリング技術は、グリーンインフラの効果を定量的に示し、ステークホルダーへの説明責任を果たし、持続可能な都市づくりを推進するための重要な手段となるでしょう。これらの最先端技術を理解し、積極的に活用していくことが、これからのグリーンインフラの質を高めていく鍵となります。