グリーンインフラによる災害リスク軽減:治水、土砂災害対策、都市防災への応用技術
はじめに
近年、地球温暖化や都市化の進行に伴い、集中豪雨による洪水や浸水、土砂災害、熱波など、多様な自然災害のリスクが増大しています。これらの災害に対して、従来のグレーインフラ(コンクリート構造物など)による対策に加え、自然の持つ機能を活用したグリーンインフラによる対策が注目されています。グリーンインフラは、単に景観を向上させるだけでなく、都市や地域のレジリエンス(回復力、適応力)を高め、災害リスクを軽減する上で重要な役割を果たします。
本稿では、グリーンインフラが治水、土砂災害対策、および都市防災にどのように貢献するのか、その具体的な応用技術や設計上の考慮点について専門的な視点から解説いたします。都市開発や防災計画に携わる技術者、政策担当者、研究者の皆様にとって、実践的な知識として活用いただける内容を目指します。
災害リスク軽減へのグリーンインフラの貢献
グリーンインフラは、その多様な生態系サービスを通じて、様々な種類の災害リスク軽減に寄与します。
1. 洪水・浸水リスク軽減
都市域における洪水や内水氾濫は、インフラ機能の麻痺や経済活動への深刻な影響を引き起こします。グリーンインフラは、以下のメカニズムで洪水・浸水リスクを低減します。
- 雨水貯留・浸透機能:
- 透水性舗装: 道路や駐車場などに使用することで、雨水を地下に浸透させ、下水道への流入負荷を軽減します。
- 雨庭(Rain Garden): 窪地に植栽を施すことで、周辺からの雨水を集めて一時的に貯留・浸透させます。
- バイオスウェル: 植栽された水路状の施設で、雨水をゆっくりと流しながら浸透を促進します。
- 屋上緑化・壁面緑化: 降雨を一時的に保持し、流出を遅延させます。また、蒸発散による効果も期待できます。
- 調整池・遊水地の機能強化: 湿地植生などを導入することで、貯留機能に加え、水質浄化機能や生態系保全機能も付加します。
- 河川・水辺空間の整備:
- 氾濫原の回復: 河川沿いの自然地を保全・復元することで、洪水を安全に受け止め、下流域への急激な水量増加を抑制します。
- 多自然川づくり: 河川の蛇行や植生を回復させ、流速の緩和や土砂捕捉機能を高めます。
2. 土砂災害リスク軽減
山地や傾斜地の崩壊は、人命や資産に甚大な被害をもたらします。グリーンインフラは、植生の持つ物理的な力や水文調節機能を通じて、土砂災害リスクの低減に貢献します。
- 斜面安定機能:
- 植栽による根系の補強: 樹木や草本の根が土壌を固定し、斜面のせん断強度を高めます。特に、深根性植物や密な根系を持つ植物が有効です。
- 表土浸食抑制: 植栽が雨滴の衝撃を和らげ、地表を覆うことで、雨水による表土の流出を防ぎます。
- 水文調節機能:
- 土壌の保水力向上: 健全な植生を持つ土壌は、多くの水分を保持し、降雨時の地下水飽和速度を遅らせます。
- 蒸発散作用: 植生が水分を吸収し大気中に放出することで、土壌水分量をコントロールし、飽和状態になりにくくします。
- 治山技術との連携: 植栽工と構造物工(例:土留め柵、堰堤)を組み合わせることで、より効果的に斜面安定を図ることができます。
3. 熱波・干ばつリスク軽減
都市のヒートアイランド現象や長期的な干ばつは、市民の健康や都市機能に影響を与えます。グリーンインフラは、以下の方法でこれらのリスクを軽減します。
- 都市の冷却:
- 木陰による気温低下: 樹木は日差しを遮り、その下や周辺の気温を大幅に低下させます。
- 蒸発散冷却: 植生からの水分の蒸発散は、周囲の熱を奪い、気温を下げます。広範な緑地帯や水辺空間は、この効果を最大化します。
- 水資源の確保・管理:
- 地下水涵養: 透水性舗装や雨庭、森林などは、雨水の地下浸透を促進し、地下水資源を補給します。
- 表流水の維持: 健全な森林や湿地は、河川への安定的な水の供給源となります。
4. その他の都市防災への貢献
- 防風・防砂: 防風林や緑地帯は、強風や砂塵の拡散を抑制します。
- 避難場所・経路の確保: 公園や緑地は、災害時の一時的な避難場所として機能するほか、避難経路を確保する上でも重要です。延焼防止帯としての機能も期待できます。
技術的アプローチと設計上の考慮点
災害リスク軽減を目的としたグリーンインフラを設計・導入する際には、単に緑を増やすだけでなく、その機能性を最大限に引き出すための技術的な考慮が必要です。
- サイト特性の評価: 対象地の地形、地質、土壌特性、水文状況、植生、既存のインフラ(下水道、河川など)、ハザード情報(洪水浸水想定区域、土砂災害警戒区域など)を詳細に調査・分析することが出発点となります。GISやリモートセンシング技術が有効です。
- 機能目標の設定: どのような災害リスク(洪水、土砂災害、熱波など)に対して、どの程度の軽減効果を目指すのか、具体的な機能目標(例:ピーク流量削減率、貯留量、地表面温度低下度など)を設定します。
- 適切な技術と植生の選定: 目標とする機能に応じて、透水性舗装、雨庭、バイオスウェル、植栽工などの技術を選択します。植生についても、その根系特性、成長速度、耐湿性・耐乾性、維持管理の容易さなどを考慮して、目的に合致する種を選定することが重要です。例えば、急斜面には根張りが強く早期に定着する種を、雨水浸透施設には一時的な湛水に耐える種を選びます。
- 構造物との組み合わせ: グリーンインフラの機能を補完・強化するために、貯留槽、浸透トレンチ、土留め壁などのグレーインフラと組み合わせたハイブリッド型の設計が有効な場合が多くあります。
- 維持管理計画: グリーンインフラの機能は、適切な維持管理なしには長期的に維持できません。植生の生育管理、堆積物の除去、施設の点検・修繕など、具体的な維持管理計画を設計段階から検討し、予算と体制を確保することが不可欠です。
- モニタリング: 導入されたグリーンインフラが設計通りの機能を発揮しているか、継続的にモニタリングすることが重要です。雨量計、水位計、土壌水分計、表面温度計、植生健全度センサーなどを活用し、データを収集・分析することで、効果を検証し、必要に応じて維持管理計画や将来の設計を改善します。
政策・制度動向と導入事例
グリーンインフラによる災害リスク軽減の重要性は、国内外で広く認識され始めています。日本の「防災・減災に資する社会資本整備等五カ年加速化対策」や、自治体レベルでの気候変動適応計画において、グリーンインフラの活用が推進されています。また、一部の自治体では、雨水貯留浸透施設の設置に対する助成制度などが整備されています。
国内外では、既に多くのグリーンインフラを活用した災害対策プロジェクトが実施されています。例えば、河川沿いの公園整備による遊水機能の創出、市街地の緑地帯整備によるヒートアイランド緩和と避難スペース確保、山間部における植栽と小規模構造物を組み合わせた複合的な土砂災害対策などが見られます。これらの事例は、グリーンインフラが単独で、あるいはグレーインフラと組み合わされることで、効果的な災害リスク軽減策となりうることを示しています。
課題と今後の展望
グリーンインフラによる災害リスク軽減は有望なアプローチですが、いくつかの課題も存在します。その効果の定量的な評価手法の確立や、長期的な性能保証、そして広範な普及に向けた設計・施工技術者の育成などが挙げられます。また、初期投資や維持管理費用に関する経済的な側面も重要な検討課題です。
今後は、より精緻なシミュレーション技術やデータ分析に基づいたグリーンインフラの効果予測、AIやIoTを活用した高度なモニタリング・維持管理システムの開発が期待されます。さらに、地域住民との連携による維持管理体制の構築や、グリーンインフラの多機能性(生態系保全、景観向上、レクリエーション機能など)を総合的に評価し、投資効果を最大化する取り組みが重要となるでしょう。
グリーンインフラによる災害リスク軽減は、持続可能でレジリエントな都市・地域づくりに不可欠な要素です。関係各分野の専門家が連携し、技術開発、政策設計、そして実践的な導入を進めることで、より安全で快適な社会の実現に貢献できると確信しています。