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グリーンインフラにおけるマイクロバイオーム制御技術:土壌微生物の活用による機能向上と環境修復

Tags: グリーンインフラ, マイクロバイオーム, 土壌微生物, 環境修復, 技術応用

グリーンインフラにおけるマイクロバイオーム制御技術の可能性

グリーンインフラは、自然の力を活用して都市の様々な課題を解決する持続可能なインフラストラクチャです。その機能性は、植栽された植物や水循環システムだけでなく、基盤となる土壌や水環境に存在する微生物群集、すなわちマイクロバイオームに大きく依存しています。特に土壌マイクロバイオームは、植物の生育促進、水質浄化、汚染物質の分解など、グリーンインフラが提供する生態系サービスの根幹を支える重要な要素です。

近年、このマイクロバイオームの機能に着目し、その構成や活動を意図的に制御することで、グリーンインフラのパフォーマンスを向上させたり、新たな機能(特に環境修復機能)を付与したりする技術が注目されています。これは、単に植物を植えるだけでなく、その生育環境そのものをデザインし、最適化するという、より高度な技術アプローチと言えます。本稿では、グリーンインフラにおけるマイクロバイオーム制御技術の概要と、その具体的な活用、機能向上および環境修復への応用について解説します。

グリーンインフラにおけるマイクロバイオームの役割と機能

土壌や水環境のマイクロバイオームは、グリーンインフラにおいて多岐にわたる機能を発揮しています。主要な役割としては以下の点が挙げられます。

マイクロバイオーム制御の具体的な技術アプローチ

これらの微生物の機能性を最大限に引き出すため、あるいは特定の機能を付与するために、様々なマイクロバイオーム制御技術が研究・実践されています。

  1. 土壌・基盤材の選定・改良:

    • グリーンインフラの目的に適した土壌物理性・化学性を有する基盤材を選定します。
    • 有機物(堆肥、バイオ炭など)、ミネラル、pH調整材などを添加することで、微生物の生育環境を最適化します。例えば、特定の分解菌を活性化させるための栄養塩添加や、重金属を不溶化する物質の添加などが行われます。
    • 人工的な基盤材を用いる場合、微生物が定着しやすい多孔質構造や特定の吸着能を持つ材料を選定・開発します。
  2. 微生物資材の活用(バイオオーグメンテーション、バイオスタミュレーション):

    • バイオオーグメンテーション: 特定の機能(例:汚染物質分解能力、植物生育促進能力)を持つことが分かっている微生物や微生物群集を人工的に培養し、対象の土壌や基盤材に接種する技術です。例えば、特定の汚染物質分解菌や、植物のリン吸収を助ける細菌・菌類資材などが利用されます。
    • バイオスタミュレーション: 対象地に元々存在する微生物の活動を促進するために、栄養源(有機物、窒素、リンなど)や電子受容体(酸素、硝酸など)を添加したり、水分、pH、温度などの環境条件を調整したりする技術です。外来微生物の導入が難しい場合や、在来の微生物群集に高いポテンシャルがある場合に有効です。
  3. 植物種の選定と組み合わせ:

    • 植物は根から様々な有機物を分泌し、特定の微生物群集を選択的に集積させます(リゾスフィア効果)。グリーンインフラに導入する植物種を選定する際に、目標とする微生物機能(例:汚染物質分解、特定の栄養塩循環)を促進するリゾスフィア微生物を保持・誘引する植物種を選択・組み合わせることが重要です。
    • 特定の微生物と共生関係を持つ植物(例:マメ科植物と根粒菌、多くの植物と菌根菌)を積極的に導入することで、目標とする微生物機能を固定的にインフラに組み込むことができます。
  4. 環境条件のモニタリングと制御:

    • 土壌水分、温度、酸素濃度、pHなどの環境条件は微生物の活動に大きな影響を与えます。これらの条件をIoTセンサーなどでモニタリングし、必要に応じて自動灌水システムや通気システムなどを活用して制御することで、微生物が最適な活動を維持できるよう管理します。これは、特に機能性を重視するグリーンインフラ(例:高負荷の雨水処理施設)において重要な技術です。

機能向上と環境修復への応用事例

マイクロバイオーム制御技術は、様々なグリーンインフラのタイプに応用され始めています。

技術的課題と今後の展望

マイクロバイオーム制御技術には大きな可能性がありますが、技術的な課題も存在します。

今後の展望としては、オミクス技術とデータサイエンスの進展により、マイクロバイオームの機能予測や制御設計がより精緻になることが期待されます。また、特定の機能に特化した微生物資材の開発や、植物・微生物・基盤材の組み合わせを最適化する設計ツールの開発が進むでしょう。グリーンインフラの設計段階からマイクロバイオームのポテンシャルを考慮し、その制御技術を積極的に導入していくことで、より高性能で回復力の高い、真に持続可能なグリーンインフラの実現に貢献すると考えられます。

技術者や政策担当者にとって、このマイクロバイオーム制御という新たな視点は、グリーンインフラの設計、施工、維持管理、さらには新たな付加価値創出の機会を提供する重要な分野となるでしょう。継続的な情報収集と技術開発の動向注視が求められます。